「平和教育」は日常の中に

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「平和教育」は日常の中に

 「みんな仲良しがいいよね。」

 昨年度のSkyクラスで、担任が平和に関する絵本を読んだときの、3歳児の言葉です。職員会議で担任からこのエピソードを聞いたとき、とても温かい気持ちになったことを覚えています。

 

 「平和教育」と聞くと、”戦争の悲惨さ“について学ぶことをイメージする方も多いかもしれません。子どもたちの未来で戦争を繰り返してほしくない。そのために過去の出来事を知ることには、大きな意味があります。一方で、幼児期の子どもにとって刺激の強い資料や映像などを見せるのは、過度な恐怖や不安を与えてしまうことにつながる可能性があるため配慮が必要です。

 

 では、幼児期における平和教育はどうあるべきでしょうか。

私はまず、日々の生活の中で“自分は大切な存在である”、またそれと同時に“相手も大切な存在である”と感じられる経験を重ねていくことが大切だと考えます。

 

 自分の気持ちを相手に伝える。相手の話に耳を傾ける。自分とは違う思いがあることに気付く。そして、どうしたら一緒に過ごせるかを考える―――。

こうした経験の積み重ねこそが、平和な社会をつくるための土台になるのではないでしょうか。

 

 例えば、自分が使っている玩具を、友達が「わたしも使いたい」と言ったとします。このとき、大人が「貸してあげなさい」「我慢しなさい」とすぐに譲ることを求めてしまうと、子ども自身の思いを置き去りにしてしまうことがあります。

「まだ使いたい」「わたしも使いたい」どちらの思いも大切です。

お互いの思いを知り、言葉で伝え合ったり、待ったり、ときには別の方法を考えたりしながら折り合いをつけていく。そうした関わりが、自分の意思を大切にしながら、相手の意思も尊重する経験になっていくのだと思います。

 

 一方で、保護者の立場になると、相手の保護者の存在が気になり「うちの子が独占していると思われたくない」「しつけのできない親だと思われないか」といった思いから、つい「貸してあげたら?」と言いたくなることもあるかもしれません。

”すぐに譲れること”だけを良しとするのではなく、子どもたちがお互いの思いを伝え合い、自分たちなりに折り合いをつけていく。その過程こそが大切であるという認識を、保護者間でも共有できるとよいかもしれませんね。

 

 そんなことを考えている私の家庭では、小学1年生と3歳児の姉妹喧嘩が絶えません。下の子は怒りながら「どっちもどっちもだよ!」と叫びます。「それを言うなら、“どっちもどっち”ね」と姉から冷静なツッコミをされながらも、3歳児なりに自分の非も認め、和解へ向かおうとしているのだな~と思い、見守っています。平和へ向かう練習中です。

 

 「みんな仲良しがいいよね。」

自分が大切にされ、同じように友達も大切にする。思いがぶつかったときは、どちらかが我慢するのではなく、対話しながら一緒に考える。

そんな毎日の小さな積み重ねが、平和な社会をつくっていく力につながっていくと信じています。

 

フロンティアキッズ新宿

施設長 石田 拓也